自治医科大学医学部同窓会報「研究・論文こぼれ話」その35 同窓会報第90号(2019年10月1日発行)


えっ?教育活動が研究業績になるんですか?――なるんです!」

                         自治医大 医学教育センター 松山 泰(静岡・24期)
Matsuyama

 令和はじめの医学教育学会は7月26日(金)・27日(土)に京都府立医科大学で行われました。私は「そうだ、医学教育誌に投稿しよう!投稿虎の巻」という、医学教育研究初学者向けのシンポジウムに登壇しました。日々の研修医指導や学生教育において、せっかく時間を割いて行った教育業務を論文として世の中に発信できないか、と思う医師は実は少なくありません。そのようなニーズのある聴衆に対して、私は前回のエッセイ(CRST研究・論文こぼれ話その34「飛び込むべきだ」)で阿江先生が引用なさった「Research Mind後天説」の話を持ち出しました。すると次のような反響がありました。ある参加者の言葉を借りれば、「臨床で若手を教育するという日常行為を研究テーマに転換できるのであれば、現在の地域病院のポジションから離れるという躊躇はいらない。是非とも研究の世界に飛び込んでResearcher Mindを涵養したい」、とのことでした。
 さて、日本の自然科学や疫学研究の業績からすると、医学教育学における国際学会の発表数や原著論文数の少なさは際立っています1)。理由の1つとして「言葉の壁」があることは否めません。人文学的要素の強い教育学では難解な用語が散りばめられた教育理論の英文書籍を読み込んだうえ、学生や教員の語りや教室で観察される事象を言語化したもの(質的データ)をしばしば解析します。ここでは翻訳しづらい微妙なニュアンスをどれだけ繊細に読み書きできるかが勝負となるため、英語力の低い日本人には大変なハンディキャップとなります。しかしこの点はバイリンガルとの協働作業や、(お金はかかりますが)業者の翻訳サービスなどで何とかなります(実際、帰国子女でもないnon-nativeな私ごときの英語力で論文化できた2,3)のが証拠です)。それでは根本的な理由は何かといえば、このエッセイのタイトルのごとく、医学教育研究の圧倒的な認知度の低さだと思います。
 歴史的に日本は西洋医学を柔軟に取り入れ、医学技術や分子生物学の進歩のなかで、数々の輝かしい研究業績を上げていきました。そして業績を上げた「成功」者が、医学部で教授などに招聘され、教育の中心的な役割を果たしてきました。残念ながらこの輝かしい業績がゆえ、今世紀に入って医学教育モデル・コア・カリキュラムが設けられるまでは、医学技術や分子生物学の進歩の中で「成功」した教育者の絶対的価値基準が教育水準になっていたかもしれません。すなわち「(成功者である)私が行う教育は悪いわけがない」とか、「(成功者である)私自身、教育理論とは無縁の学習環境で今に至ったのだから旧来通りで構わない」という感じです。教育内容を客観的に検証して改善したり、検証の根拠となる医学教育研究論文を読んだりすることは殆ど無かったでしょう。教育は善意で行われるという前提や日本のヒエラルキー社会もあり、研究手法に基づき医学教育を検証することは認知されにくかったことと思います。
 一方、私が短期留学したオランダのマーストリヒト大学は、1974年の建学時から先進的な医学教育を導入し、大学の体制として教育を客観的に検証することで注目されていました。少数の医師が診療や研究の傍らに教育開発、実践および検証をしているのではなく、教育心理学者、社会学者、統計学者ら多種の専門職と連携し、躍動的にPDCAサイクルを回し教育の検証と改善とを行なっていきました。そして、その過程が記された論文はAcademic Medicine、Medical Education、Medical Teacherという3大医学教育学術誌に数多く投稿され、教育に親和性の高い教員が研究業績を獲得しやすい体制が確立されていました。教育に親和性の高い教員が医学部に残りやすい環境は、結果として大学の教育の質の底上げにつながります。
 私は自然科学や疫学研究の「成功」を否定するつもりはありません。しかし、自治医大は「地域医療」という人と人との触れ合いが濃密なコミュニティの中における医療を看板に掲げている大学です。ゆえに、他の医学部以上に人文科学や社会学系研究が認知されやすい大学であってほしいと思っています。先端医学研究や大規模疫学研究が脚光を浴びやすい風潮のなか、あえて我が大学が「自治医大」らしくあるために、地域の小規模のコミュニティでも実行可能であり、地域の医療現場だからこそ発信できる課題を扱う、人文科学・社会学系の研究の充実を願っております。その中でも「医学教育学」の研究において、我々自治医大の卒業生は強い武器を持っています。地域医療に従事する総合医の育成は世界的に喫緊の課題ですし、最近のトピックである多職種連携教育などは本学設立直後から地域での実習や県人会の夏季研修などで経験的に教えられてきた内容です。全寮制、BBS、県人会などのユニークな体制は世界中どこを探してもありません。我々が当たり前と思っている全てが医学教育研究において新規性のある課題となり得ます。ちなみに「県人会」による勉強会を題材に、在学生に国際学会で発表させたことがあります4)。我々は自分自身のユニークさを武器に、研究の世界に飛び込み「Research Mind」を涵養させることができるのです。
 さて、自治医大医学教育センターは2020年度から大学院博士課程に医学教育学講座を開設する予定です。本著を読んで医学教育研究に関心を持った方は是非ともご連絡いただきたいと思います。またCRSTにおいても、卒業生の先生方が自ら実践している教育活動から医学教育研究をデザインする支援を行っていきたいと思っています。是非、医学教育研究の世界に飛び込み、Research Mindを涵養しましょう!

【参考文献】
1. Kataoka Y, et al. Current status of medical education research in Japan: a meta-epidemiological investigation. TAPS 2019; 4(2): 7-13.
2. Matsuyama Y, et al. Contextual attributes promote or hinder self-regulated learning: A qualitative study contrasting rural physicians with undergraduate learners in Japan. Med Teach 2018; 40(3): 285-295.
3. Matsuyama Y, et al. Does changing from a teacher-centered to a learner-centered context promote self-regulated learning: a qualitative study in a Japanese undergraduate setting. BMC Med Educ 2019; 19: 152.
4. Otani M, Matsuyama Y, Heta K, Okazaki H. Peer-assisted learning in a teacher-centered education culture – a survey of traditional learning communities, Kenjinkai. Association for Medical Education in Europe Annual Conference 2017.
                               連絡先 E-mail:yasushim@jichi.ac.jp

(次号は、自治医科大学医学教育センターの石川鎮清先生(福岡12期)の予定です)

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